2010年08月05日

虐待の連鎖と子どもの役割

とてもとても悲しい事件がありましたね。


大阪・幼児放置死事件。


灼熱の密閉された室内でどれだけ暑かっただろう。
水場に行く扉を粘着テープで閉じられて、水さえも飲むことができずどれだけ喉が渇いただろう。
冷蔵庫も空っぽでどれだけ空腹に苦しんだだろう。
そして何よりも、ママしかいないのに、そのママに置き去りにされた恐怖、孤独、絶望。
それでもママに会いたくて泣き叫び、インターホンでママを呼び続けた子ども達。

このニュースを知った日は、見てはいけないと思いながらネットで見てしまい、そのあまり凄惨さに、苦しみと絶望の中で亡くなった幼すぎる二人の命を思うと涙が止まらなくて、一睡もできませんでした。

ネットでは様々な噂が流れ、嘘か本当かは分かりませんが、夫がどうとか、父親がどうとか・・・。


下村容疑者のブログも見ましたが、それを読む限りは最初からそんなにひどい母親だった訳ではない。
少なくとも離婚する前までは幸せに子育てをしている様子がうかがえて、嘘を書いてるようにも見えません。

夫とその両親に支えてもらっているうちは良かったのかもしれません。
でも一人でやっていくとなると話は別。
離婚して、女手ひとつで二人を育てていくことが、どれだけしんどかったのかは彼女にしか分からないこと。
子育てしている多くの親が、子どもを虐待してしまう気持ちが分からなくもないと言います。
でもたいていは踏みとどまる。
でも今回のケースは、それができずに、最悪の結末になってしまいました。
なぜ彼女は踏みとどまることができなかったのでしょうか?

これは彼女一人だけの問題ではないのです。
虐待は連鎖するといいます。
報道によると彼女自身、両親が離婚し、引き取られた父親からネグレクトを受けていたとのこと。
親から世話を受けていなかった子は、自分の子にも同じようにしてしまいがちだそうです。彼女もサポートがあった頃は良かったのですが、離婚して精神的・経済的に余裕がなくなってくると、かつての父親と同じように家庭を顧みなくなってきた。


私が仕事で知り合った精神科の医師は、愛着理論を「愛情のバケツ」と表現されていて、
「我が子に愛をかけられるのは、自分の持っている愛情のバケツが満たされていないと注ぐことができない。」とよくおっしゃっていました。(→愛着理論
特に愛情が満たされるのは、乳幼児期が特に大切で、この時期に養育者から適切な愛情を受けられなかったり、虐待を受けた子は、この愛情のバケツの底が抜けてしまったのかのごとく、注いでも注いでも満たされず、思春期に入ったり大人になっても、心を許した相手にベタベタと子どものように甘えたり密着を求めると言います。
虐待を受けた子でも良い相手に出会えて、立ち直るケースもたくさんあります。
しかしながら、現実に未熟すぎる妊娠や結婚はよくあるケースで、もちろんそれでも周囲のサポートを受けながら立派にやっているママはたくさんいますが、未熟が故に子どもが邪魔になったり、子どもをストレスのはけ口にして虐待のケースに至っているのは少なくないようです(→未成熟な親、相次ぐ虐待…10〜20歳代が半数
虐待は連鎖するとは思いたくないけれど、やはり彼女の父親、もしかしたら彼女の祖父母まで同じ事を繰り返していてかもしれません。
そして、責任は彼女だけでなく夫婦の問題。子ども二人もいるのに、離婚して養育費も支払っていなかった夫もやはり責任感のない未熟な大人だったと言わざる得ません。離婚後も血のつながった孫がいるのに、夫の両親のサポートも得られなかったのでしょうか?

離婚した当初はきちんとまじめに子どもを育て上げようと、彼女は決心したに違いないと思います。
じゃなかったら引き取らない。
離婚してすぐに児童養護施設に子どもを入れる親もいるくらいですから。
子どもに対する愛情がなかった訳じゃないのです。

でも、愛情と意欲だけじゃ子育てはできないのです。

女手ひとつでも自立して生計を立てるだけの技能や能力、家事や料理をしたり子どもが健やかに育つよう世話をしたり、父と母、両方の役割がシングルマザーにはのしかかります。
私の知っている、女手ひとつでお子さんを育ていている方は、能力が高い方が多い気がします。
それでも、夫や家族の助けなしに子育てをするなんて、私なんかが想像もできないくらい大変なことだと思います。


でも彼女には仕事の特殊な技能もなかった。

そして託児つきの飲食店で働いていたそうですが、きっと薄給でそれはギリギリの綱渡りのようなもの。
ちょっと子どもが病気をして働きに行けなくなったりしたら、とたんに立ちゆかなくなります。

できれば子育てをしているなら夜の仕事はしたくないはず。
だけど、実父に連絡もとっていなかったくらいだから、保証人も立てられず家を借りることさえ難しかったでしょう。
だから寮を提供してくれる風俗店に流れ着いた。
そこで、住民登録をしたり役所に相談していれば、母子手当や、子どもを一時期だけでも児童養護施設に受けられたのかもしれないのにそれさえもしなかった。(できない事情があったのかもしれませんが)

そして、過酷な労働と生活に疲れ子育てに疲れ、誰にも相談できずに、愛情のバケツの底にポッカリと穴の空いた状態で遊びを知ってしまった。
疑似恋愛でも優しくされるのが嬉しくて、もう止めることはできなかったのでしょう。

それでも彼女が子ども達を捨てずに、家に閉じ込めておいたのは彼女自身がやはり寂しかったからじゃないかなと思います。
唯一無条件に自分を頼ってくれる子ども。
いつの間にか子どもが彼女にとって、自分のペットのような所有物のようになっていったのではないでしょうか。

最初は息抜き、ちょっとだけのつもりの外泊を続けるうちに感覚が麻痺していった。
正常な判断ができなかったと報道されていたけど、部屋から出られないようにテープを貼ったり、意外と彼女は冷静だったんじゃないかと思います。
ただ、家を空けて子ども達と離れているうちに、外の世界が楽しくて、フタをしてしまった厄介なダンボールを開けるのが面倒なような気持ちで、家に帰るのが面倒で、日が経つと「もしかして・・・」と怖くなり1日、1日と日が流れたのでしょう。

もちろんそれが自力では生きられない幼い子ども達にとってどれだけむごたらしいことか・・・決して許されることではありません。
でも彼女には子ども達をどうする力もなかったのだと思います。
だって、彼女自身、親からお金だけ渡されて放置されて世話をされず、親の責任というものを学んでこれなかったのだから。

それを救う最後のセーフティーネットがが近所の住民だったり児童相談所、しいては行政だったりするはず。
だけど、独身ばかりが居住するワンルームマンション。
悲鳴のような叫び声が連日明け方まで続いても、管理会社や児相に連絡するだけで、自分の足でそのドアの前まで状況を確認しない他人任せ。
住民登録がなく、子どもの氏名が確認できないからと踏み込めない児童相談所の手ぬるい対応(児相の方もあまりの相談件数の多さに対応しきれないのが現実だそうですが・・・)。

今年々虐待の件数が増え続けているのは、社会が不景気で大人の世界が歪んでいるのが波及し、一番弱い子どもが犠牲となっていると思います。


胎内記憶で有名な池川先生の本ママ、生まれる前から大好きだよ!―胎内記憶といのちの不思議を読むと、病気になって死んでしまうとか、障害を持って生まれてくるとか、虐待を受けるとか分かっていても、それでも子どもは親を選んで生まれてくるそうです。

単純に、ママが可愛いから、優しそうだからという理由の他に、本で紹介されている例では「ママが寂しそうだったから」、「ボクが来たらママが喜んでくれるかな」と、ママを助けるためにやってくる子どももいるそうです。
中には「ゆがんだ家庭に和をもたらそう」と決意して、虐待が何世代にも続いている家のママを選んだという子どものケースも載っています。
このように大きな使命を持って生まれてくる赤ちゃんも少なくないそうです。

だとしたら、今回の幼い二人の姉弟はこんなに過酷な結末になるのを分かっていて、このママを選んできたということです。

この姉弟がどれだけ多くの人に影響を与えたことでしょうか。
この事件後、大阪府の児相は、すぐに24時間体制での人員配置をして夜中のSOSにも対応できるようにしたそうです。
そして、今後も大きく行政の対応も変わるはず(そう願いたいです)。

そして、多くの家庭で、この事件ような痛ましい事件が二度と起きないためにはどうすればいいか、話し合いが持たれたかもしれません。
これからは、近所で、子どもの泣き声が続いたら注意を払う人が増えてくれるかもしれません。


我が家でも、夫と一緒に長いこと話し合いました。

以前新聞のコラムで、子育てとは、その子どもが30歳になった頃に、健康で、やり甲斐をもち仕事で充実していて、自力で生計を立てて、できたら幸せな家庭を築けていたら良い・・・そこまで見届けないと子育てをやり遂げたとは言えない・・・そんな内容を読んだことがあります。

だから私たち夫婦も、息子が成長して30歳になった頃に、ちゃんと生計を立てられれる技能や学力。健康に生きるための知恵や料理。他人とコミュニケーションをとれる能力。そして何よりも我が子が大人になった時に自分のパートナーや子どもを愛せるように、たっぷりと愛情を注いで育ててあげたいねと話しました。


この幼い姉弟は、自らの命をもって二度とこんな事件が起きないようにと私たちに使命を持って教えてくれたのかもしれません。
なんて尊い命でしょう。


最後に・・・


桜子ちゃんと楓くんへ
つらかったよね。しんどかったよね。
最後までママが大好きだったよね。君たちのママはこれから重たい十字架を背負っていくだろうけど、君たちのこと大好きだったことを必ず思い出してくれるから、お空の上で見守ってあげていてね。
天国で美味しいものをいっぱい食べて、二人で仲良く暮らしてね。
もう苦労しなくていいから、使命なんて持たなくていいから、今度生まれ変わる時は、幸せいっぱいの家庭を選んでね。



最後まで読んで下さりありがとうございます。
良かったら応援クリック押していってくださいね。

   ↓
にほんブログ村 子育てブログ 自然育児へ
自然育児ブログランキングへ

※最近なかなかパソコンに向かえないので、コメントのお返事が書けなかったらごめんなさいね。
この記事へのコメント
こんばんは。sakoさんの文章を読んでいて、また泣いてしまいました。
この事件、私も見たくないのに見てしまって、ホントに辛かったからです。
私も今、4ヵ月の娘が居て、最初の1ヵ月は正直子供を可愛いと思う余裕なんてなかった。
帝王切開の傷の痛みや、腱鞘炎、寝不足、母乳育児が軌道に乗らないなど、いくつものストレスが重なって、いつか心の糸が切れるんじゃないかって思ってました。

だから、この事件の容疑者を100%悪いと責めきれません。でも、仕方がなかったと同情も出来ない。
彼女も辛かった思うけど、やはり2人の子供たちがどんな気持ちで亡くなったかと思うと、やりきれないのです。

本当にせめて、この先同じような思いをする子供が出ないことを祈るのみですね。
Posted by koto at 2010年08月15日 22:39
いつも読ませて頂いてます。
虐待をする人は、本当はとても寂しくて、かわいそうな人だと前から思っていました。
今回の容疑者も、秋葉原無差別殺人事件の加藤被告も、本当に許せない行為をした罪人ですが
同時に、虐待を受け、母親の愛情を受けることができなかった、むごたらしい過去を送っています。
愛情を一身に受けた人が、こんなひどいことはできませんものね。
1人の罪人が殺めたのではなく、罪人の親、元夫、友達、近隣の住民、社会…関係した全ての人がこれらの事件を作ったと私は思っています。
虐待のない社会になるよう、心から願っています。
Posted by mari at 2010年08月17日 23:18
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/158495273
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。